モバイルサイト vs. アプリ:
来るべき戦略の転換

現在のところ、モバイルアプリのユーザビリティはモバイルサイトに勝っている。しかし、来るべき変化によって、最終的にはモバイルサイトが優れた戦略になっていくだろう。

企業のモバイル戦略における一番重要な質問とは、モバイルに対してそもそも特別なことをするのかどうか、というものである。企業の中にはモバイルを決して大規模に利用しようとしないところもあり、そういうところは彼らのデスクトップサイトが小さな画面に耐えられるようになることに専念すべきだからである。

しかし、あなた方のサイトがモバイルユーザーに対するきちんとした魅力を持っているなら、2番目の戦略的質問は次のようになる。モバイルのウェブサイトを作り出すべきか、それとも専用のモバイルアプリを開発すべきか現時点でのこの質問への回答は、将来、こうなるだろうというものとはかなり異なるものである。

現時点のモバイル戦略: アプリに勝るものなし

これを書いている時点では迷う余地はない。つまり、予算があるなら、モバイルアプリを出そう。我々の実施したモバイル機器を対象にしたユーザビリティ調査で、アプリのほうがモバイルサイトよりユーザーのパフォーマンスが良いことが明らかだからである。(スマートフォンでの利用時にはモバイルサイトのユーザビリティの評価はデスクトップサイトより良かった。しかし、モバイルアプリの成績はさらに上だった)。

あなた方が本当に知る必要があるのは実験によるデータだけである。テストでアプリがモバイルサイトより優れていたのは事実だ。モバイル戦略を立てるのに、なぜその勝者が優れているのかを知る必要はないが、とりあえずその理由について説明してみようと思う。

モバイルのアプリケーションはモバイルに最適化したウェブサイトよりユーザブルである。なぜならば、ウェブサイトのデザイン中にできる最適化は限られているからである。一方、アプリはウェブサイトができる以上にずっとうまく各機器個別の限界や能力に合わせた対応が可能である

ネイティブアプリケーションはデスクトップコンピューターを含むあらゆるプラットフォームに対して優れている。しかしながら、デスクトップコンピューターは非常に処理能力が高いので、ウェブベースのアプリケーションは様々なタスクに対して十分に機能するのである。

対照的に、モバイル機器が提供するのは貧弱なユーザーエクスペリエンスである。つまり、画面はごく小さく、接続は遅く、インタラクションに対する負担が大きく(特に、文字入力時には。しかし、これはユーザーがダブルクリックやマウスオーバーが苦手なことにもよる)、ファットフィンガー問題によりポイント動作は不正確になる。機器が貧弱であればあるほど、その特徴に合わせて最適化することが重要なのである

アプリによってコンテンツプロバイダーはより有利なビジネスケースを手に入れることも可能である。というのも、さまざまなアプリストアによって疑似マイクロペイメント機能が提供されているので、ユーザーからの集金が可能になるからである。これは一般のインターネットではなかなか実現できないことだ。

最後に、インターネットの帯域幅に関するニールセンの法則とコンピューターの処理能力に関するMooreの法則との違いについて考えてみよう。今後10年間でインターネットの帯域幅速度は57倍になると思われているが、コンピューターの処理能力は100倍以上になるだろう。(我々が今、利用している、取るに足らないハードウェアに比べると、将来のコンピューターは怪物のようになる)。

言い換えると、インターネットを通して何かをダウンロードする代わりにネイティブコードを走らせることの相対的メリットは、10年間で2倍の大きさになる。これがモバイルアプリを支持するもう一つの理由である。

今後のモバイル戦略: サイトに勝るものなし

将来的にはアプリ対モバイルサイトの費用対効果のトレードオフは変わっていくだろう。

コンピューターの処理能力が100倍以上になるとは言ったが、だからといって、iPhone 14 がiPhone 4Sの100倍以上速くなるということではない。というよりはハードウェアの進歩は、速度と、それ以外のモバイルの優先事項、特にバッテリー寿命について二分されていくように思われる。その結果、将来の携帯電話は今の10倍しか速くないかもしれないが(しかし、より薄く、軽くなり、充電ごとの稼働時間は長くなるだろう)、ダウンロード時間は57分の1に短縮されるだろう。

モバイルアプリのコストは上がるだろう。なぜならば、開発しなければならないプラットフォームが増えるからである。最低でも、AndroidとiOS、Windows Phoneをサポートすることは必要になる。さらにはこうしたプラットフォームの多くは、きちんとしたユーザーエクスペリエンスを提供するためにそれぞれ別々のアプリを必要とする複数のサブプラットフォームに分岐していくと思われる。

ユーザーエクスペリエンスという目的のために、iOSはiPadとiPhoneに既に分岐している。公式には彼らは同じOSソフトウェアということになっているが、この2つの機器に必要なのは非常に異なった2つのユーザーインタフェース(UI)デザインである。(タブレットのユーザビリティの検討用にはiPadのユーザビリティについてのレポート(無料) を参照)。

Amazon.comから最近、発表されたKindle Fire はかなり異なるプラットフォームからAndroidユーザーエクスペリエンスを効果的に分岐させている。そして、Kindle Fireのユーザビリティ調査で結論づけたように、飛ぶように売れているこの非標準的機器できちんとしたユーザビリティを提供するには、独自のUIを備えた別のアプリが必要なのである。

将来、UIの種類はさらに増えていくだろうと現実的には考えざるをえない。この結果、モバイルアプリの開発には非常に費用がかかるようになるだろう。

対照的に、モバイルサイトではある程度のクロスプラットフォーム機能が保持されるので、そこまで多くのデザインは必要にならないだろう。しかし、高性能なサイトではスマートフォンと、(Kindle Fireのような)中型タブレット、大型タブレットに対応する3種類のモバイルデザインが必要になるだろう。レスポンシブデザインのようなアイデアを利用すれば、画面のサイズや機能をサイトのこうしたバージョンごとに適応させることが可能になる。少々、伸び縮みさせるだけで、同一の基本的UIデザインが6.8インチタブレットと7.5インチタブレットの両方で機能するだろう。(5インチスマートフォンには機能を減らし、コンテンツを簡略化した別のデザインが必要だろう)。

一番重要なのは、HTML 5のような新しいウェブテクノロジーによって、モバイルサイトの機能が大きく向上するということである。Financial TimesPlayboy のような出版社によるモバイルサイトを既に我々は見ているが、そのUIは同類の新聞や雑誌によって提供されているアプリケーションに非常に類似したものである。

現在、FTPlayboyでは、UI上の理由ではなくビジネス上の理由によって、アプリではなくサイトを利用している。出版社はアプリストアの所有者達に巨額の購読料収益を取られるのにうんざりしているし、PlayboyはAppleのお堅い検閲が許す以上の刺激的コンテンツを公開したいと考えているのである。

検閲から解放され、自分達自身の金を自由に保持できるというのは、所有者のいるアプリストアという壁に囲まれた庭の代わりに、自由なインターネットを利用し続けるには十分な理由である。将来、UIの質がさらに向上して、実装での順応性が上がれば、モバイルサイトでいこうと思う理由はさらに増えるだろう。

モバイルサイト戦略の最後のメリットはフルのウェブページへの統合がしやすいということである。他人がする分にはサードパーティーのアプリケーションに統合するより、サイトへのリンクを張るほうがずっと容易だからである。長期的には、インターネットはより小規模の閉じた環境に勝利するだろう

(アプリは、写真の編集のような、真に活用するタスクでは優位性を保つ可能性もある。その一方、eコマースやモバイルコマース、企業サイト、ニュース、医療情報、ソーシャルネットワーキング等のデザイン課題にはモバイルサイトのほうが有利になっていくだろう)。

戦略の転換はいつ起きるだろうか

さて、では当たれば10,000ドルもらえる質問、もっと正確に言うと、たいていの企業にとっては大金に値する質問をしよう。つまり、お勧めの戦略はいつ変わるのか。言い換えると、いつになったらモバイルアプリを放棄して、モバイルサイトを支持できるようになるのだろうか。

残念ながらそれはわからない。ユーザビリティの洞察によって、様々な状況でユーザーにとって何が最適かを知ることはできるが、こうした状況が現実世界でどういう速さで変化するかを予測することはできないからである。しかし、私の経験では物事の変化の速度というのは予想よりもずっと遅いものである。

例えば、2000年の9月に私は、モバイルユーザビリティにはトランプカード1組くらいの形状の機器が必要になると述べた。それによって、キーがなくなり、1平方ミリメーターまですべて残らず、利用可能な面積をピクセルに費やせるようになるからである。そして、その数ヶ月後には、ヨーロッパのベンダーが非ウェブ型の携帯電話に夢中になっていることによって、大陸のモバイルテクノロジーに対する主導権は崩壊していくだろうと予測した。

どちらの予測も現実となったが、それは7年後、(a)ほとんど全表面をデータのために利用する機器として、そして、(b)電話会社ではなくコンピューター会社による製品として、iPhoneがようやく発売された時だった。

さらに悪いことに、2001年に私は「使えるモバイルデバイスの登場は間近」と考えた。「すぐ」というのが6年後を指すなら間違いではないが。:-(

良質なモバイルデザインは身近にあったので、試すことが可能だったし、必要なものはわかっていたので、それを実行するのは難しくないと考えていた。しかし、有名な言葉にあるように、はっきりした見解と最短距離を取り違えてはならない。Alertboxを書き始めてからの10年間を振り返る中で認めたように、私がタイミングについて間違えたときというのは、新しいテクノロジーの可能性に夢中になりすぎた場合が多い。そして正しかったときの多くは保守的だったからである。

結論を言うと、モバイルサイトは長期的にはモバイルアプリに必ず勝利すると思う。しかし、いつそうなるかはわからない。今、現在、モバイルの最高のユーザーエクスペリエンスを作り出そうと考えているなら、私のお勧めはアプリを開発することである。