あたり前のこと

  • 黒須教授
  • 2004年5月17日

企業の研究所の人たちとフィールド調査をやるのは楽しい。目的がはっきりしているので、焦点設定をするにしても明快だし、何より、その結果が製品として世にでる可能性があるからだ。しかし、その上長のマネージャの人と話をすると時に困惑させられることがある。

彼らの一部はフィールド調査に過剰な期待を寄せてしまうのだ。無い物ねだりと言ってもいい。たしかに企業の業績が低迷する中で、何か新しいモノを、ビッグヒットの商品を、という気持ちは分からないではない。しかし、従来のマーケット調査のアプローチには限界があったものの、これだけ多くの人たちがいろいろと新商品の模索をしてきたというのに、まだ全く新規で目を擦りたくなるような新しいコンセプトがそう簡単に出ると期待されては困る。逆にそんな過大な期待を寄せてしまわれると、フィールドのアプローチの結果を見て、なんだそんなこと、といって過小視される可能性もあり、それも困ってしまう。

従来のマーケット調査で用いられてきた質問紙法やフォーカスグループに比較して、フィールド調査が良い点は、本当のことを現場で知ることが出来るということだ、と私は思っている。本当のことを知ること、ユーザの実態を知ること、これは簡単なようで意外に難しい。フィールドワークの手法が良いのは、現場主義という点であり、現場でユーザの姿を見、話を聞くことにより、ホワイトボードの前で議論していたのでは見えなかった真実の姿が見えてくるという点だと思う。

しかし、それらのほとんどは、言われてみれば「あたり前」のことが多いと思う。いわれてみれば「ああそうだよね」ということが多い。しかし、これまで頭の中のユーザ像をこねくりまわしてきたおかげで、そうした真の姿を見失ってきたのがマーケティングアプローチの問題点だったのではないだろうか。それに対して、改めてユーザの真の姿をつきつける。ここにフィールドアプローチのメリットがあるのだと思う。

そこで作戦が必要になる。フィールドワークの結果を単純に提示すると、おそらく「なんだそんなことなら分かっている」という反応の出ることが多いだろう。「そんなことを調べるために、そんなに多くの時間と人手を使うのだったら、もうやめにしよう」という意見さえ出てくるかもしれない。そこで作戦だ。

これまでの製品において、フィールドワークの結果から得られた当たり前のことがどこまでサポートされているのかを確認するのだ。フィールドのユーザから問題指摘があった以上、現在のサポートが十分でないことは明らかだ。そこを突くのだ。

「それは技術的に不可能だからやっていないのだ」という弁明が出てくるかもしれない。しかし、不可能を可能にするのが技術開発だ。その問題を完全に諦めてしまっているのかどうか、あるいはどのように取り組んでいてどこまで可能性が見えているのか。そうした点を明らかにさせる必要がある。

「そのための技術開発をやっているのだけど、解決までには時間がかかりそうだから、他の点で新規性を出したいのだ」という言い方が出てくるかもしれない。しかし、本質から外れた新規性でユーザの目をくらますことが一時的にできたにせよ、ユーザはその非本質性に気づき、いずれは離れてゆくだろう。やはり、本質は本質であり、そこにエネルギーを集中するしかないのだ。

「それはユーザの誤解だ」という弁解が出てくることもあるだろう。しかし、それでは何故ユーザは誤解したのだろう。ユーザの誤解を解くためにはどうすればいいのだろう。そうした努力をせずにユーザの誤解だとして責任をユーザに押しつけているだけでいいのだろうか。企業努力というのはそうした方向に向けられるべきではないのか。

「それはコスト的に無理なんです」という言い方も考えられる。しかし本質を突いているならば、その問題を解決することに多少の金額がかかろうとも、ユーザの気持ちを引きつけることが不可能だとはいえないだろう。

いずれにせよ、本質は本質だ、というスタンスで、強気で攻めるしかない。言い訳は聞きたくない。言い訳をしているから、ユーザは問題点を感じながら、そしてそれが解決されない不満を抱えながら生活しているのだ。そこを突かずに周辺部だけを突いていて何のためになるのだ、誰のためになるのだ。商品開発というのは一時しのぎをするためのものなのか。

競合他社からヒット商品が出ると、彼らマネージャの焦りは頂点に達する。しかし、よく見てほしい。そのヒット商品というのが周辺部をほじくり返した一時しのぎのものであるのかどうかを。きっとそうではないはずだ。であれば、本質的な部分を見ないようにしてきたマネージメントそのものの是非こそが問われるべきだろう。

フィールドワークというのは、あたり前のことを提示することによって、そうした企業の姿勢を問いただす、という面があり、それこそがこのアプローチの強みなのだと思う。だから、フィールドワークを弱腰でやっていたのでは何にもならない。ユーザの代表という気持ちで積極的に攻めることが必要だと思う。