アクセシビリティとユーザビリティ

アクセシビリティについては基本的に二種類の定義に大別できるように思う。アクセシビリティについて話をする時には、どのような意味で使っているかを最初に明らかにすることが望ましい。

  • 黒須教授
  • 2015年2月18日

言葉はその意味を明確にして使わないと、それを使っている話や文章の意味が意図したとおりに正しく伝わらなくなってしまう。あたりまえのことではあるが、案外おろそかにされてしまう傾向もある。最近ではUXがそうした曖昧さの典型的な事例といえる。さて、アクセシビリティユーザビリティについては、このコラムでは個別にそれぞれの言葉を使って書いてきたが、まだ両方を対比して書いたことがなかったようなので、今回は、そのことを書こうと思う。

ユーザビリティについてはISO 9241-11以来の定義があって、世間ではだいたいその意味に使っているようだが、アクセシビリティについては基本的に二種類の定義に大別できるように思う。

英語辞典的なアクセシビリティの定義

一つの考え方は、英語辞典的なもので、たとえばRandom House (1967)では、accessibleを「easy to approach, enter, speak with or use」とか「that can be used, entered, reached, etc.」といったように定義している。ここでuseが使われているので多少ややこしくはなるが、基本的にはその語源(access-ible-ty)からして、accessつまり「接近する」に近い意味である。もっともaccessの持っているuseの意味合いは、「図書館やデータベースにアクセスする」というような文脈で使われる場合のものであり、そこにおける具体的なインタラクティブな操作のことを指している訳ではない。そちらはユーザビリティの方である。もちろん、この考え方は辞書だけのものではなく、特にユニバーサルデザインを唱えている人たちの間には、こうした考え方もある。たとえばIAUDの作成したテキスト(近刊)では、アクセシビリティとユーザビリティが順番に説明されていて、そうした時間順序の意識が表明されていると言っていいだろう。

いいかえれば、この考え方では、時間順序にしたがって「まず接近し、それから使う(操作する)」ということになる。この典型的な場面は、ATMを車椅子利用者が使おうとした場面であり、まず車椅子でATMがある場所に行くために段差がないか、幅が狭すぎないか、操作卓が車椅子からでも操作しやすいか、等の問題がまずあり、これがアクセシビリティだということになる。それからATMの操作に入る訳だが、たとえばその車椅子利用者が色盲で、画面上の緑と赤が識別しにくかったとすると、そこまではアクセシビリティの範囲、ということになる。しかし、セキュリティのために画面上のテンキーの数字配列がいろいろと変化するのが使いにくいとか、そもそも振込みをする操作手順がわかりにくくて戸惑ってしまうというような問題は、不自由者(障害者)でも健常者でも同等に問題になるものであり、これがインタラクティブ機器を使う(操作する)場面でのユーザビリティということになる。もちろんアクセシビリティは障害者だけに特有の問題ではなく、たとえばATMの操作卓が低すぎて背中を丸めないと操作できないとか、ATMからの音声ガイドが聞きにくいというようなことは健常者においてもアクセビリティの問題である。この考え方に立てば、U-Siteの編集長が言うように、アクセシビリティとユーザビリティは積の関係であり、決して和の関係ではない、ということになる。和の関係においては、一方が優れていれば他方が劣っていても、全体としては問題はカバーされる(否、されてしまう)と考えることになるが、積の考え方であれば、両方ともに優れていなければならない、ということになるからである。

ISO規格におけるアクセシビリティの定義

もう一つの考え方は、アクセシビリティは所定の考え方によって定義されたユーザに関わるユーザビリティだ、というものである。典型的にはISO規格に見られる。ただし、そこにも二通りの考え方があり、まずISO 20282などでは、アクセシビリティは可能な限り多くの人々に関わる使いやすさのことであり、ユーザビリティは特定の(specified)ユーザに関わる使いやすさのことである、といった解釈がなされている。このユーザビリティの定義は意図した(intended)ユーザという言い方と関係したものである。ちなみにISO 20282のアクセシビリティの定義は次のようなものである。

extent to which products, systems, services, environments and facilities can be used by people from a population with the widest range of characteristics and capabilities to achieve a specified goal in a specified context of use

つまり、ユニバーサルデザイン的な考え方をした時には、それはアクセシビリティであり、特定のユーザを想定した場合には、それはユーザビリティだ、ということになる。ただし、この考え方はISOの中でも少数派のようである。

ISO規格におけるもう一つの考え方は、アクセシビリティは不自由者(障害者)にとってのユーザビリティだ、というもので、Guide 71やISO/IEC 25010、JIS X 8341-1などに見ることができる。Guide 71では、アクセシビリティという用語解説はないものの、アクセシブルデザインについて、

design focused on principles of extending standard design to people with some type of performance limitation to maximize the number of potential customers who can readily use a product, building or service which may be achieved by designing products, services and environments that are readily usable by most users without any modification, by making products or services adaptable to different users (adapting user interfaces), and by having standardized interfaces to be compatible with special products for persons with disabilities

と書かれている。引用が長くなってしまったが、区切りがないのでご容赦いただきたい。このなかで「people with some type of performance limitation」と書かれているのが不自由者(障害者)の意味である。またISO/IEC 25010ではアクセシビリティは「To what extent does the system need to be effective, efficient, risk free and satisfying to use for people with disabilities?」と定義されている。ここでは明確に「people with disabilities」と書かれているし、定義のなかに「effective, efficient … satisfying」と書かれていることから、ISO 9241-11のユーザビリティの定義が援用されていると考えることができる。さらにJIS X 8341-1では、情報アクセシビリティという限定つきではあるが「高齢者・障害者が、情報通信機器、ソフトウェアおよびサービスを支障なく操作または利用できる機能」となっていて、言外の意味として、一般的なユーザビリティの問題も、それが高齢者・障害者にとって問題であればアクセシビリティの問題である、と解釈できる余地を残している。

このように、ISO規格の世界でもアクセシビリティについては完全に整理された状態とは言えないし、ましてや最初の考え方との乖離は大きいので、これはいささか困った状況というしかない。僕自身は最初の考え方で使っているものの、おそらくそれに違和感を感じておられる人たちもいることだろう。いずれにしてもアクセシビリティについて話をする時には、どのような意味で使っているかを最初に明らかにすることが望ましい…ということだけは言えるだろう。