遠藤直紀さん
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ユーザビリティに特化したコンサルティング会社『ビービット』は、本格的なユーザ中心設計(UCD)のアプローチを用いることで知られており、2000年の会社設立以来、急成長を続けています。6月に移転したばかりのオフィスは、ビルの2フロアーが吹き抜けになっているという、ちょっとユニークなデザインです。その2階部分にはユーザビリティラボがあり、私たちが訪問した時もユーザテストの真っ最中でした。今回は代表取締役で会社設立者でもある遠藤直紀さんが取材に応じてくださいました。
■まず、ビービットを起業なさった経緯を教えてください。
私は大学4年の1年間、就職活動をしないで米国に留学しました。当時(1996年)、日本ではWindows95が出て間もない頃で、まだ一般にはパソコンはそれほど普及していませんでした。ところが、米国に行ってみると、学校はもちろん、ホームステイ先の一般家庭にまでパソコンやインターネットが普及して活用されていました。その状況を目の当たりにして、「これから情報技術の時代が来る」と実感したのです。大学の専攻は文系(経営学部)だったので、まずコンピュータを勉強し直さないといけないと思いました。
帰国後、文系でも採用してくれるシステム開発会社を探して、2年弱SEを経験しました。ただ、その会社では言われた通りにプログラムを作成する仕事が多く、「何のためのシステムなのか?本当に誰かの役に立つのだろうか?」と感じることも少なくありませんでした。そこで、今度は「自分でしっかり考えて作りたい」と思い、システム戦略から考えることのできるアクセンチュア(当時アンダーセン・コンサルティング)に転職しました。
アクセンチュアでは、ある大手企業のウェブサイトのリニューアルプロジェクトに参画しました。20世紀末のネットバブルに乗じた大規模なプロジェクトでしたが、予算のほとんどは当時最先端のシステム構築に費やされました。当然ユーザインターフェイスへの投資は小さく、結局このリニューアルによって目に見える成果を得られませんでした。この時、ユーザインターフェイスが「ボトルネック」になり得ることを痛感したのです。
そして、2000年にアクセンチュアの仲間と一緒にビービットを起業しました。会社は作りましたが、正直なところ、設立当初は起業メンバーの中でもビジネスドメインを何にするか意見が分かれていました。ただ、松下幸之助氏の「水道哲学」にヒントを得て、20世紀の「量」の追求に対して、新たに21世紀は「量から質への転換」が起きるだろうという共通認識を持っていました。
また、ITの普及に伴い、人が道具(コンピュータ)に従属するような状況が生まれつつあったので、それを変えたいという気持ちもありました。ビジネスとして成り立つか不透明ではありましたが、米国企業のユーザビリティエンジニアの話や、米国のユーザエクスペリエンス・コンサルティング会社の情報なども参考にして「ユーザビリティで行こう」と決意したのです。
会社立ち上げ後しばらくして、その当時のインターネットマガジン副編集長に会う機会がありました。そして、会ったその場でユーザビリティに関する書籍を出版することが決まり、2001年6月に『ウェブ・ユーザビリティルールブック―顧客を増やすサイト設計』をインプレスから出版させて頂きました。それ以降、ユーザビリティの重要性を理解した多くのウェブマスターの方からお問合せを頂くようになりました。
■ビービットのUCD手法はどのようにして構築されたのですか。
方法論の重要性はアクセンチュア時代に学びました。アクセンチュアでは、世界中どの国で開発しても高い品質を保つために、システム開発方法論の中にプロセスや成果物等がきちんと定義されているのです。私たちは、短い時間で最大限ユーザニーズが取り入れられる開発手法を研究し、独自の方法論を創り上げました。
ビービットでは、どのプロジェクトでも、ユーザの利益と具体的なビジネス成果を両立させることを目標とします。いくらユーザビリティが大切だと言っても、ビジネス的にメリットがなければ、企業は投資を行いません。ですから、まずお客様とビジネスゴールを共有し、事業戦略をしっかり理解した上でUCDを実践するべきだと考えます。
そして設計の各プロセス毎に実際のユーザにプロトタイプを試用してもらう検証を繰り返し行います。小規模なプロジェクトでは、延べ15名、大規模なプロジェクトならば延べ100名を超えるユーザ検証を実施します。そのため、ユーザビリティラボは社員同士で毎日取り合いになるほどの状態が続いています。
プロジェクト終了後は、必ず効果測定を行います。売上げや資料請求数などの実数値やアクセスログを解析して効果検証を行うとともに、達成できなかった項目を洗い出し、新たな視点で課題を発見します。そして、ウェブサイトのさらなる発展につなげていきます。最近ではウェブサイトのROIを重要視する企業が増加しており、本格的な効果検証の依頼も増えています。
具体的な成果の例では、「ヤマハ ミュージックイークラブ」のリニューアルがあり、楽曲登録数が2.5倍に増加しました。また、東京建物のウェブサイトでは、モデルルームへの誘導を目的としてサイトをリニューアルした結果、ウェブ経由のモデルルーム見学の申し込みが3倍になり、現場の対応が追いつかないくらいでした。同様に、日本生命のウェブサイトでは生命保険の見積もり請求件数が3倍強になりました。
ちょっと変わったところでは、ヤマハの音楽再生ソフト「ミッドラジオプレーヤ」のインターフェイスを改善したところ、サポートセンターに対する操作方法の問い合わせが激減したという成果もあります。その他にも公表できない成果が多数あり、UCD手法の効果の大きさを実感しています。
■UCDプロセスの中で最も肝心な部分はどこだと思いますか。
実は、インターフェイスを「使いやすく」するだけならば、それほど困難なことではないと思っています。本当に困難で価値があるのは「行動の概念図」を作ることです。
例えば、パソコンを販売するウェブサイトであれば、ユーザがパソコンを購入するまでの行動パターンはいくつも考えられます。しかし、私たちは、提供者側の想定シナリオに止まらず、実際のユーザの購買行動をモデリングしたいと考えています。
そこで、最初はテキストベースのシナリオを描いて、それを図式化(モデル化)していき、そのモデルをペーパープロトタイプなどを使って検証するという手法を使っています。デプスインタビューなど他の方法で行ったこともありますが、ユーザは自分のとった行動すべてを覚えているわけではありません。実際に、その場でやってもらうことが重要です。
この「行動の概念図」に沿ったサイトを設計することで高い成果を生み出します。
それから、ユーザによる検証(ユーザビリティテスト)も重要です。最初の頃は、ヒューリスティック評価を中心にしていたこともありましたが、海外で蓄積されてきた経験則だけではさすがに限界がありました。現在は設計時のユーザによる検証を必須にしています。
普段、テストは社内のミーティングスペースを利用したユーザビリティラボで行っていますが、極端な話、ここ(オフィス脇の談話コーナー)でも構わないと思っています。我々は設備の立派さよりも機動性を重視し、より多くのユーザ検証を実施することを常に心掛けています。
そして、設計者自身がユーザテストの進行役を担当します。もちろん、自分が作ったデザインに対してテストで悪い結果が出ることも少なくありません。しかし、テストでよくない反応が返ってきても、設計者は最高の品質を追及する強い意志があるため、「直せばいい」とポジティブに捉えます。それよりも、ユーザによる検証をしない状態でリリースする方が怖いと思っています。このような本格的なUCDを採用し、ユーザの行動の複雑さに触れてしまうと、私たちもクライアントも、もう他の方法は考えられなくなってしまいました。
ユーザビリティラボは四畳半ほどの広さ。本来はミーティングスペースだが、毎日何かしらのテストを行っているので常設状態になっている。テスト用のパソコン、被験者を撮影するビデオカメラ、マニュアルやペーパープロトタイプを撮影する卓上CCDカメラなどが設置されている。
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ミーティングスペースから少し離れた場所にある会議室がモニタールームに早変わり。ビデオカメラの映像、CCDカメラの映像、パソコンの画面をモニターできる。なお、観察者の人数が少ない場合は、テストルームに一緒に入ることもあるそうだ。
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■何か苦労していることはありますか。
まず、UCDは設計者への負担が大きいということです。普通のウオーターフォール型の開発ならば、ある程度、機械的にプロセスが進んでいく部分がありますが、UCDでは「何となく進んでいく」ということはありません。ユーザが出した要件に対して、設計者が答えを出して、次のテストでまた検証・・・の繰り返しです。
後は、とにかく人が足りません。これは業界全体の課題だと思います。今のところ、人材マーケットではUCDのスキルを持った人が見つからないので、自分たちで育てていくしかありません。
私たちは「ビービットUCD」を構築して文書化しています。プロセス毎に手順やアウトプットが定義されているので、新しく会社に入った人でも、それを参照すれば、プロジェクトに参加して、ある程度は作業が行えるようになっています。
もちろん、それだけでは足りませんので、UCDに関して週1回全員でミーティングを持っています。各自の技能や経験を共有して、自社の方法論を発展させています。また、半年に1回合宿も行っています。
さらに、コンサルティングスキルについても、週1回「ビービットスクール」を開催し、社員全員が講師を持ち回りで担当して、お互いが学ぶ場を作っています。
それから、本を読むことも大切です。社内には海外の文献を含め、かなりの蔵書がありますが、最初に読むのは3冊です。それは、「ユーザビリティエンジニアリング原論」(ヤコブ・ニールセン著)、「ユーザーインターフェイスデザイン」(アラン・クーパー著)、「誰のためのデザイン?」(ドン・ノーマン著)です。これは、U-siteの読者の皆さんにもお勧めします。
ハードワークではありますが、約1年で1人前になることを目指します。
■今後の方向や目標などを教えてください。
私たちは単なるビジネスキーワードとしてのユーザビリティには興味はありません。ユーザビリティの重要性を語るためには、実を伴わないといけません。UCDはビジネスに有効な方法論だと確信していますので、それを広めたいと思っています。そこで、ユーザビリティコンサルティング分野では、3年後に30人体制(現在は12名)を目指しています。
少数精鋭! ビービットのコンサルタントの皆さん
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また、私たちのノウハウを活かして、独自のソフトウェアかウェブサービスを作りたいと考えています。自動車や家電とは異なり、ソフトウェア分野では日本は世界の中で存在感がありませんが、本当は緻密さや職人気質といった、日本人としての長所を生かせる分野だと思っています。ただ、3年後だと、まだベータ版レベルのものしか出来ていないかもしれません。
ところで、ユーザビリティは事実上「先人はいない」分野だと考えます。もちろん、ヤコブ・ニールセン博士などの偉大な先駆者の貢献は大きいと思いますが、ユーザビリティが本来持っている可能性からすれば、まだごく一部しか開拓されていません。つまり、多くのチャンスが残っていると言えます。そこで、若い人には、ぜひこの分野に挑戦して欲しいと思います。もし、U-siteの読者の方で「我こそは」と思う人がいれば、ぜひビービットの門をたたいて欲しいですね。
遠藤さん、多忙にもかかわらず、丁寧にお話をしていただきありがとうございました。受け答えされる姿はとても爽やかで、同時に、ビジョンや信念など経営者としての資質も強く感じました。日本発の「世界に通用するソフトウェア」の開発を楽しみにしています。
なお、遠藤さんはブラウザの起動画面にU-siteを登録してくださっているそうです。これからも、U-siteをご贔屓に願います!
【追記】
U-site編集部では2006年8月にビービット社を再訪しました。遠藤さんが目指している「世界に通用するソフトウェアの開発」は実現したのか?――詳しくは再訪記をご覧ください。
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