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紙面の書き方 vs. Webの書き方

公開:2008年6月9日付 著者:ニールセン博士
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要約:

連続的vs. 非連続的。書き手主導vs. 読み手主導。物語の伝達vs. 実用的なコンテンツの淡々たる追求。逸話に富んだ事例vs. 広範囲に及ぶデータ。文章vs. 断片。

WebとTVの違いを論じるために、これまで多くのコラムを書いてきた。要約すると、その違いは「前のめり型vs. くつろぎ型」ということになる。

ユーザを楽しませるウェブサイトや情報満載のテレビ番組を作るのが不可能だということではなく、この対照的な二つのメディアでは、娯楽や教育に対するアプローチが違ってくるという話である。

紙面とWebとの違いはそこまで大きくはないかもしれないが、最善の成果を上げるには、それぞれに合ったコンテンツの書き方をする必要がある。

例:長身の旅行者

最近、New York Times で、長身の人々の苦労の物語を読んだ。それは、 “Coping With the Tall Traveler’s Curse(長身旅行者、苦渋に耐える)”と題されていた。この見出しこそ、紙面とオンラインとで書き方が異なることの好例である。

私は特に背が高いわけではないが、その新聞記事を最後まで読んだ。なぜか? とてもよく書けていたし、長身のビジネスマンが出張でどれほど苦労しているのかをありありと伝える興味深い逸話がたっぷりだったからだ。長身の女性会社役員がホテルの部屋で化粧をするときには、腰をかがめないと鏡を見られないという話で記事は締めくくられていた。

同じ記事をnytimes.com(New York Timesのウェブサイト)で読むことは決してなかっただろう。なぜなら、即時性も実用性もない話だからだ。読者の興味を引き、ある程度のアクセス数を稼ぎはしただろうが、Webで情報を伝えるときの好ましい書き方ではない。

Web上のコンテンツは、紙面上のものよりも具体的で、幅広く網羅的なところに価値がある。Webに長身旅行者向けのコンテンツを置くとしたら、主要な航空会社やホテルチェーンが採用している飛行機の座席やホテルのベッドに関する格付け情報にすべきだろう。長身の男性と女性とを区別してコンテンツを用意したり、超長身の人をターゲットにして情報を提供したりすれば、差別化もできて言うことなしだ。

詳細な情報提供がオンラインでうまくいくのは、検索が出来るうえに、個々のユーザに合わせて情報を並べ替えて見せられるからである。たとえば記事に登場した男性のように、あなたが6フィート8インチ(2メートル3センチ)の長身の持ち主で、サンフランシスコからシカゴまでユナイテッド航空の飛行機で移動しようとしているとしよう。よく出来たサイトなら、どの機体の座席配置が長身のあなたに最適で、どの座席を予約すべきかまで教えてくれることだろう。

物語vs. 実用的なコンテンツ

新聞記事から広告パンフレットまで、印刷出版物には連続的なコンテンツが載る。そしてそれらは、よりリラックスした環境や雰囲気の中で触れられることが多い。Webを使って出来ることの中でもっとも価値の高い”ソリューション探索行動”をとるときの環境や雰囲気とは異なる。

紙面では、連続的な物語に逸話や実例を添えて味付けをし、語り伝えるように全体像を伝えられる。しかし、Webにそのようなコンテンツを置けば、無用の長物となるだろう。ユーザの動きは鈍り、要点を掴むのに苦労することになる。

たとえば、ラスベガスのPalms Casino Resortホテルが提供する“長身者に優しい客室”の紹介記事。紙面であれば面白く読めそうだ。しかし、長身者に優しい客室のあるシカゴ(来週行く予定のところならどこでも良い)のホテルをオンラインで探しているユーザには面白くも何ともないだろう。

Webのコンテンツは、簡潔で、すぐに要点を掴めるようになっていなければならない。ユーザは、果たさなければならない使命を抱えているからだ。多くの場合ユーザは、検索を通ってそのページに行き着く。Webのユーザは、実用的なコンテンツを求めていて、当面の目標と関係しない(時間があるときであれば楽しめる)物語を読んで時間を無駄にすることを好まないのである。

ウェブサイトは、書き上がった物語を押しつける代わりに、個々のユーザに合わせて物語を書いてあげなければならない。膨大な量の情報を凝縮したり、混ぜ合わせたりして、ユーザが抱えるニーズに直接的に応える情報を提供しなければならないのだ。Webのコンテンツは、書き手主導の物語ではなく、ユーザ主導の物語になるというわけである。

紙面で提供する物語には、よく練り上げた完全な文章が求められる。しかし、オンラインではそうでもない。むしろ細切れの方が、情報を伝えるキーワードを前面に出せるし、不要な修飾語句も削れる。Webの場合、回りくどくなった分については、そのわずか18%しかユーザには読んでもらえない。あなたが書いた単語の羅列にマイクロソフトのWordは波線を引いて難癖を付けてくるだろうけれども、単語を減らすことにはそれだけの価値があるというわけである。

eラーニングは矛盾?

教育が目的なら、連続的な書き手主導の物語が一番だと私は未だに信じている。Webが最適ではないと思うのだ。本を読んだり、炎の揺らめくキャンプファイヤーの回りに座って物語を聞いたり– 現代で言えば、プロジェクターを使ってPowerPointのスライドを見ながら話を聞くことにあたるだろうか — といった古くからの伝承方法がやはり素晴らしい。本はおよそ500年前から、キャンプファイヤーを囲んでの口承は32,000年も前から、人間が親しんできた形である。

だから私は、本を書き続けるし、トレーニングセミナーの開催も続けていくつもりだ。新しいコンセプトをしっかり学習しようというときには、そういったメディアを使うのが一番だと信じているからである。

大局を学ぼうとするときに、Webのペースは速すぎるということを我々は認めるべきだ。問題は何もない。他にも使えるメディアがあって、それぞれに長所がある。Webは、限られた範囲の間に合わせ的な学習には申し分ない。学習者が概念的なフレームワークを構築済みでありさえすれば。

たとえば、“キャンプファイヤーを囲んでの学習”の起こりを32,000年前としたのは、高度な文化の出現とクロマニョン人の時代が一致すると考えたからである。ネアンデルタール人がキャンプファイヤーをしなかったということではなく、現代の人類に通じる文化的な深みを持っていなかったというだけのことだ。よって、ネアンデルタール人の口承が私のセミナーに等しいとは言えないと思うのである。で、クロマニョン人の文化の起こりが32,000年前だということをラスコー遺跡の壁画が物語っているという事実を覚えていたのかって? まさか。もちろん、オンラインで調べたのだ。

わがままな読者のために書き方

紙面やTVのような連続的なメディアでは、読み手のエクスペリエンスを書き手であるあなたが作ってくれることを人々は期待する。読者は、書き手のリードに喜んで従ってくれるのだ。

一方、非連続なハイパーテキストでは、ルールは逆になる。その瞬間の自分の望みを重視し、あちこちからコンテンツをかき集めてつなぎ合わせ、エクスペリエンスを自分で作りたいとユーザは考えるのである。ウェブサイトを訪れるときには必ず、何らかのゴールを心に描いている。自分の関心を淡々と追求し、サイトが押しつけようとするものは、にべもなくすべて拒否する。バナーに視線が向かないという事実が、ユーザの身勝手さを極端なまでに表していると言えよう。

B2Cのeコマースサイトであれ、特殊なB-to-Bサイトであれ、商用のウェブサイトでは特に、ユーザは自分の欲しい情報ばかりを選りすぐって拾い集め、自分のやりたいことだけにひたすら集中する。賢い読者なら、しかるべき書き方をできるだろう。実用的なコンテンツを、ユーザのニーズに合わせて用意するのである。

2008 年 6 月 9 日


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